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『散りぬるを』 (by hana)
「お別れしましょう」
風の強い日だった。
桜が散っていた。
後で春だったんだと気づいた。
あなたを嫌いになった訳じゃありません。
(はい)
他に好きな人が出来たわけでもない。
(………)
それは、誤解しないで下さい。
いや、誤解してくれてもいい。
ただ………。
上手く言葉に出来ないというようにカカシは何度か頭を振った。
いつもスラスラと嘘をつく口が今日はとても重く見える。
カカシが辛そうだと気づいたのはいつ頃からだっただろう。
二人で一緒にいても、酒を飲んでいても、愛し合っても。
足りないという目をしていた。
アナタが好きです。
今でも、好きで好きで堪らない。
自分でもなんでこんな、好きなのか分からないけれど…。
アナタは、こんな俺は嫌いなんですよね。
「嫌いじゃありませんよ」
そう。
カカシは辛そうに笑った。
諦めたように溜息をついた。
ありがとう。
誠実に綴ろうとして乱れた想いのままに、語尾が歪んだ。
しばらくカカシは沈黙した。
言葉を探しているというより、気持ちを落ち着けているという感じだった。
何度も何度も、頭の中で覚えてきた言葉を、きちんと言うために。
イルカはカカシが思い直さないだろうかと小さな期待をした。
別れるなんてやめて、もう一度…。
もう一度、あの日々を繰り返せとは言えなかった。
イルカからは言えなかった。
イルカはなにも与えない。
カカシが雨霰のように繰り返した愛の言葉さえも。
好きだとは言った。大切だと。愛しているとも。
でもね、
イルカが大切なのはカカシだけではない。
アカデミーや里の仕事。同僚達。教えている子ども達。
何よりも、一人孤独の中に居た、自分と良く似た子ども。
どれもこれもが手放せない。
カカシの言うように、その全てより先にカカシを優先することはできない。
好きだと言った。
大切だと。
愛しているとも。
その言葉にカカシが嬉しそうに笑ってたのはいつまでだっただろう。
気づくと不満そうにしていた。
どうしてもっと俺だけを見てくれないのかと詰られもした。
褥の中で苛まれることもあった。
目を潰し舌を引っこ抜いてやろうかと。こうして俺だけを感じられる身体にしてやろうかと。
荒れくれた翌朝、カカシは辛そうだった。
苛められたのはこっちの方だぞと、文句も言えないぐらいカカシが落ち込むので、イルカは何も言わず朝食を作った。
カカシの気持ちはどんどん荒み、ある時ふっと途切れた。
ごめんなさい。
いつも泣きそうな顔で綴られていた言葉が、無味無乾燥なものになった。
カカシの言葉に気持ちが込められなくなった。
それでもカカシは努力したのだろう。
イルカの望むように、穏やかな関係をと。
しばらくは気のいい飲み友達を演じたり。
たまにはこういうのもいいでしょうと、寄り添うだけで眠ったり。
気持ちも少しずつ戻って来た。
イルカの言葉に、屈託なく笑うようになった。
けれど夜中。
ふと目を覚ますとカカシがじっと見つめていた。
昏い目だった。
身じろぎ一つ許されない、縛り付けるような視線を感じて、イルカは目を開けることが出来なかった。
寝たふりをした訳ではない。
カカシにもイルカが目を覚ました事が分かっていただろう。
だが何も言わない。
そしてふっと、目を閉じる。
唐突に何もかもが消える。
起きて確かめると、カカシは気絶したかのように眠り込んでいた。
そう長くはないだろうな。
二人でいる日々の何もかもが擦り切れてしまい、イルカは遣る瀬無く瞼を濡らした。
『嫌いになった訳じゃないんです』
うん。そうですね。
俺もアナタを、嫌いになったりは出来ない。
ただ緩やかに、壊れていっただけだ。
「ごめんなさい」
無味無乾燥ではないカカシの言葉にイルカはゆるく首を振った。
「お別れしましょう」
それに何と答えただろうか。
目だけに切なさと未練を残し、カカシは花吹雪の中に消えていった。